『蜜 月』


 部屋に帰り着くなりきつく抱き寄せられた浅倉は微かに笑って黒
田の胸に頬を寄せた。
「電気をつけてお茶のひとつでも出そうという気はないみたいだね」
「ないね。好きな人目の前にしてそこまで冷静でいられないから、
 オレ」
「ケダモノだなあ」
 黒田はいつだって強い情熱で求めてくる。それだけで、どんなに
離れていてもいかに愛されているか気づく。だからそんな彼を拒む
理由などない。互いの存在を確かめるように触れるだけのキスを繰
り返す。その合間に黒田が、でも、と囁いて浅倉はゆっくりと瞼を開
いた。
「お茶は出さないけど、電気つけるのはアリかもね」
 意味深に微笑まれ、浅倉は薄闇でも分かるほど顔を赤く染めた。
「ヘンタイっ」
「ヘンタイだよ、大ちゃんにだけ」
 そう言って黒田は音を立ててキスをするとその体をひょいと抱き
上げた。
「明るくしちゃだめ?」
「だめ!絶対だめっ」
「そんな嫌?」
 おねだりする小犬のような目で見つめられて一瞬怯むがすぐに
首を振る。
「ぜーったい!い・やっ」
「……ケチ」
 そういう問題だろうか、と浅倉は思ったがひたすら首を振って拒
む。その様子に黒田はしぶしぶ諦めた。
「分かったよ。じゃあ今度ね」
「今度もないっ」
 腕の中で暴れる浅倉を落とさないようにしっかりと抱え直して黒
田は器用に寝室のドアを開けた。出かけた時のままのその部屋
は、パジャマが無造作に放られ、ベッドは寝乱れている。その溢
れる生活感が妙に生々しくて急に気恥ずかしさに襲われた浅倉
は黒田の首筋に顔を埋めた。
「……どうしたの?」
 突然のその仕草を不思議そうに黒田が問う。
「なんでもない……」
 まさか今更恥ずかしいなんて言葉も言えず、浅倉はそれだけ言
うと黙り込んだ。
「大ちゃん」
 ゆっくりとベッドに降ろされて甘い声に誘われる。浅倉はうっとり
と目を閉じかけて、ふとある違和感に気づく。いつもに比べて目の
前の黒田の表情がはっきり見えるのだ。その原因を探ろうと視線
をさまよわせ、カーテンが開かれたままになっていることに気づく。
中秋の名月は明るすぎるほどに2人の逢瀬を見つめていた。
「ねぇ」
 キスを繰り返す黒田の肩を柔らかく押して浅倉は言った。
「カーテン開きっぱなしだよ?」
「そうだね」
「そうだねって……」
「誰も覗いたりしないよ」
 平然と言ってキスを再開させようとする黒田を慌てて止める。
「そうじゃなくて……これじゃ明るすぎだよ」
「そう?」
 不思議そうに問われて浅倉は一瞬自分の感覚がおかしいのか
とも思ったが、それでもやはり目の前の表情がはっきり見て取れ
るのは恥ずかしい。彼にも自分の表情が見えているのかと思うと
なおさらだ。
「閉めてよ」
「メンドクサイ」
「じゃあボクが閉めるからどいて」
「やだね」
 そう言う黒田の表情は確信犯の微笑で。
「だって今日は中秋の名月だよ?見なきゃもったいないでしょ」
「こんなとこで見なくてもいいだろ!」
 しかし浅倉の訴えはあっさりとかわされた。黒田の仕掛けるキス
に最初は抵抗を見せていた浅倉だったが、それが長く続くはずも
ない。次第に黒田の求めに応じてキスを返し始める。ゆっくりと衣
服にかかる手に気づいて自ら体を浮かせる。
「愛してるよ、大ちゃん」
「……うん、ボクも。あ……」
 愛してる、と言いかけて口を閉ざす。さっき屋上で交わした会話
を思い出したからだ。なんだか口にするのが悔しい気がしてしま
う。
「なんだ、流されて言ってくれるかと思ったのに」
 黒田はそう言うと笑いながら頬に口づけた。
「理性をなくさせないといけないな」
「絶対言わないからね」
 キッと睨み上げてからふいっと顔を背ける。黒田はくすくすと笑
いながらその耳元に唇を寄せた。
「言わせてみせるよ」
 熱く囁いて耳たぶを甘噛みするとその唇からは深い吐息が漏
れる。思わずゾクリとするような甘い吐息。黒田は誘われるよう
にその肌に口づける。幾度となく繰り返した行為。もうどうすれば
彼が敏感に反応し、どこが感じるかを知っている。だから、わざと
それらを外して肌を辿る。より淫らに。そしてよりじれったく。
「やだ……」
 全身が感じようとしているのに、それが満たされない。そのもど
かしさに浅倉は身を捩る。黒田は我が意を得たりとばかりに笑み
を浮かべるとキスの寸前に囁いた。
「何が嫌?」
「………」
「キス?それともこういうのがやだ?」
 緩やかに肌を這う手に浅倉は恨めしそうな目で黒田を見上げ
る。
「ん?」
 知っていながらそんなふうに聞いてくる黒田に、浅倉は悔しそ
うな表情を浮かべる。
「分かってるくせに……」
「え?何が?」
「……もうっ」
「いてえっ」
頬を思い切りつねり上げられた黒田は悲鳴を上げる。
「オレ顔も売りなんだけど」
「知るかっ」
「顔が変わってファンがいなくなったら養ってくれる?」
「見捨てる」
 あっさりと言われて黒田は笑った。とても彼らしい答えだと思っ
たから。
「じゃあオレがイイ男でいられるようにしてよ……」
 そう言って黒田は浅倉に柔らかく口づけた。
「だったら……」
 キスの合間に浅倉が囁く。
「ちゃんとしてよ」
 明らかな誘いの言葉に黒田は優しく微笑んだ。
「誘ってくれてんだ?」
「だって…」
 何か言おうとした浅倉は少し唇を尖らせて言葉を切った。
「ひどいよ」
 明らかにふてくされた声色に黒田は小さく笑った。
「ごめん」
 そう言って優しく口づける。
「大ちゃんが可愛いからさ、つい」
「なに、それ!別にボク可愛くなんかないよ」
 ムキになって言い返すところが可愛いのだと本人は分かって
ないようだ。黒田はこれ以上何かを言って機嫌を損ねるのも、
せっかくの2人きりの時間の無駄遣いだと思い、もう1度ごめん
と謝った。そしてゆっくりと首筋に唇を落とす。
「あっ、やだ、跡……」
「つけちゃった」
 悪びれるふうもなく言う黒田に浅倉は深いため息をついた。
「もう……いいよ、別に」
「なんだ、いいの?」
「当分スタジオだし。でも服で隠れるとこにしてよ……って聞い
 てる?」
 早速白い肌に痕を残すべく唇を寄せる黒田を引きはがしなが
ら浅倉はそう言った。
「大ちゃん、うるさい」
 中断させられた黒田は不満げに言った。
「喋れなくしちゃうよ?」
 そう言って深い口づけを落とす。熱を煽るようにゆっくりと口内
を舌でなぞる。浅倉はビクリと体を竦ませて無意識のうちに逃
れる仕草を見せる。黒田はそんな浅倉の肩を抱き寄せ、逃げら
れないように囲いこむ。ゆっくりと、しとめた獲物をなぶり追いつ
めるかのように深い口づけを繰り返す。
「も……だめ……」
 キスの合間に途切れ途切れの声を絞り出す。
「だから何がだめなの?」
 舌先で唇をたどりながら意地悪く聞くと、快楽に潤んだ瞳が見
上げてくる。
「どうして……?」
「ん?」
「今日、すごい、意地悪だ……」
 そうやって無意識に誘うから余計に煽りたくなるのだと彼は知
らない。
「意地悪されるのやだ?」
 肌を緩やかに撫でながら問うと浅倉は肯定も否定もせず、ただ
見上げてくる。
「でもこういうの結構感じてるでしょ」
「そんなこと……」
「だってすげぇイイ顔してるよ?」
 そう言って微笑むと浅倉は頬を染めて顔を背けた。そんな姿す
ら愛しい。
「だって……」
 顔を背けたまま浅倉はぽつりと呟いた。
「だって、君だから……」
「え?」
「感じるの、当たり前でしょ……」
 浅倉はそう言ってからますます頬を染める。黒田は自分の内部
がズキリと熱く疼くのを感じた。『君だから感じてる』そう告白してく
れる彼が強烈に愛しかった。
「そんなこと言われたら、本当に寝かさないよ?」
 そう言って肌に口づけると、淫らに濡れた唇からは肯定のような
吐息が漏れた。じらされた肌は柔らかく辿る舌先にさえ熱を帯びる。
小さな喘ぎが漏れる。そしてそれを隠すかのように唇を噛みしめる
可愛い仕草。
「大ちゃん」
 きゅっと結ばれた唇に小さなキスを落とすと、堅く閉ざされた瞼が
ゆっくりと開く。
「キスさせて……」
 熱い吐息と共に囁くと、浅倉は再び瞼を落とし、そして緩やかに
唇を開いた。紅く色づいたそれは甘美に黒田を誘う。キスの合間
に黒田は浅倉の下肢に手を伸ばした。びくりと全身が竦むのが絡
む舌先からも伝わる。無意識の緊張を無視して熱くなった浅倉に
指を這わせる。
「や……」
 繰り返されるキスの中で浅倉はそう絞り出した。
「大ちゃんは嘘つきだね」
 唇を離してそう言うと気怠げな瞳が疑問を投げる。
「こんなに熱いのに、イヤじゃないでしょ?」
 意地悪く囁いて、握る指に力を込める。
「こういう時はね、イイって言うんだよ」
 その言葉に非難めいた目をする浅倉に黒田は笑いながらキスを
した。そして浅倉に絡めた指を妖しく動かす。早くなる呼吸に合わせ
るように。
「ほら……言ってごらん?イイって」
 からかうような囁きに浅倉は弱々しく首を振った。
「意地っぱりだなあ」
 黒田はそれでも浅倉の反応を分かっていたので、小さく笑って絡
めていた指を離した。そしてそのまま双丘を割る。すっかり溶かされ
ていた体は容易にその指を受け入れた。
「こっちは素直なのにね」
 笑いを含んだ声で言うと浅倉は頬を紅潮させて睨みつけてきた。
しかし潤んだ瞳では艶を増すだけで、黒田はそんな表情を楽しむか
のように笑みを浮かべたまま見つめていた。
「ねぇ、こういうのイイ?」
 浅倉の中を指で乱しながら問いかける。浅倉はその言葉に小さく
首を振り、そして弱々しく黒田の背中に腕を回してその耳元に唇を
寄せた。
「黒田が来て……」
 そう囁いて小さくキスをする。黒田は少し驚いて、でもすぐに返事
の代わりのキスを落とした。そして指を引き抜くとその両腿を押し開
く。自身をあてがうと、慣らされていたとはいえ指とは比べ物になら
ない圧迫感に体が緊張で収縮する。何度経験しても最初の痛みは
変わらない。黒田はそれを知っているから、優しく愛撫を繰り返す。
痛みより快楽が勝るようにと、敏感な部分を攻める。
「だい、じょうぶ……」
 浅倉はそう言って黒田の首筋に腕を回した。
「来て……」
 緩やかで熱い誘いに黒田は微笑んでその額に口づけた。そして
止めていた体をゆっくりと押し進める。焼けるような熱さで黒田を締
めつけていた個所も今はその動きに合わせるように彼を受け入れ
ていく。
「イイ……?」
 黒田が耳元で熱い囁きで問うと浅倉は素直に頷いた。
「うん……くろ、だは……?」
「すげぇ、イイよ。……分かるでしょ?」
 そう言って猛る自分を彼の最奥へと突き立てる。短く息を飲んで
体を浮かせる浅倉を強く抱き寄せ、敏感なそこを幾度も攻める。
「も……だめ……」
 眩暈がするほどの快楽の中、浅倉は限界を訴える。黒田は軽く
キスを落とすと彼の両脇に腕を突き直した。大きく腰を進めながら
互いの頂点へと導く。
「ホン、トに……も……」
「オレも……大ちゃん……愛してる」
「ボクも、愛してる……」
 一際大きく突き上げた後、黒田は浅倉の中に全てを吐き出し、
それを内部に感じた浅倉も小さな悲鳴の後自身を放った。
「……オレの勝ち」
 肩で大きく息をしながら黒田はそう言って微笑んだ。
「なんのこと……?」
 浅倉もまた忙しなく呼吸を繰り返しながら目を向ける。
「愛してる、って言ったでしょ、今」
 その言葉に浅倉は何度か目を瞬かせて、そしてふいと顔を背け
た。恥ずかしいような、悔しいような思いに駆られたのだ。
「オレも愛してるよ、だいちゃーん」
「ウルサイっ、もう、離れてよっ」
「やだね。今日は寝かさないって言ったでしょ?」
「そんなの体がもたな……」
 逃れようとして、まだ互いが繋がったままだということに気づい
て浅倉は口を閉ざす。
「何度愛してるって言うか、数える?」
「バカっ」
 真っ赤になって、その顔を隠すように浅倉は黒田にしがみつい
た。
「そんなの、数えるくらい冷静でいないでよ……」
 消え入るような囁きは可愛い誘いの言葉。黒田は細い肩を抱
き締めてその頬にキスをした。


 煌々と照る月明かりの中、重なり合う影は離れることはない。
蜜月の夜が永遠に続くようにと祈りながら。





                









> kaine
>
>

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!