「大ちゃん、足、開いて……」
 熱く耳元に囁くと、浅倉は少し頬を染めて躊躇いが
ちに軽く膝を立てて黒田を導くように足を開いた。
「……っ」
 双丘を割って侵入してきた指に体がびくりと竦む。
何度繰り返しても慣れない、最初の異物感。それを
知っているから、黒田も無理には進めない。
「久しぶりだから、キツイね」
「ごめ……力、抜こうと、してるんだけど……」
 そう思うほどに体が緊張で竦むのだ、と涙目で訴え
る浅倉に黒田は微かに笑って目元にキスを落とした。
「ま、キツイのは浮気してない証拠かな」
「なにいって……あ……っ」
 抗議の声で一瞬体から力が抜ける。それを見逃さず
に黒田は深く指を埋め込んだ。中に入ってしまえば、も
うどこをどうすれば感じるかは知り尽くしている。1番感
じる部分も。
「やっ……や、だ……」
「何がいや?よすぎて?」
 敏感な部分を攻め立てられて、黒田の意地悪い囁き
にも答えを返せない。
「も、やめ、て……」
「え?やめていいの?」
「ちが……ちゃんと、来て……」
 その可愛い誘いに黒田は軽くキスを落とした。
「まだ無理だよ。このままじゃ痛い思いするよ?」
「いい……早く……」
 浅倉の方から早急に求めるのは珍しい。黒田はもう
彼を欲していたから、その言葉は願ったり叶ったりだ。
しかしやはり今の状態ではまだ早い気がした。苦痛を
与えるのは避けたい。しかし躊躇う黒田の前で浅倉は
今にも零れそうな涙を浮かべながら黒田の肩に両腕
を回した。
「お願い……倫……」
 情事の時にしか使わない呼び方で甘く誘う浅倉に、
抑え続けた理性はあっさり陥落した。
「ホントに、痛いよ……?」
「いいよ……」
 浅倉は大きく深呼吸すると、彼を受け入れるために
両膝を立てた。黒田は自身を指で押し拡げた個所に
押し当てると、ゆっくりと力を加えて中へと進む。
「あ……い、た……っ」
 まだ充分に慣らされていなかったそこは、圧迫感に
悲鳴を上げていた。
「大ちゃん……力抜いて……」
 先端を挿れただけでギリギリと締め付けられて、黒
田は眉を顰めた。
「わか、ってる、けど……」
「オレに呼吸合わせて……」
 そう言って黒田は唇が触れそうな距離でゆっくりと
呼吸を繰り返した。忙しなく酸素を求めていた浅倉も
やがて黒田に合わせてくるようになる。それにつれて
体の緊張も解れてくるのが分かった。
「そう、ゆっくり……いい?」
「……んっ」
 内部がわずかに緩んだ隙に黒田は自身を突き立て
た。その衝撃で浅倉の目から涙が零れ落ちる。痛み
と快楽の代償。
「まだ、痛い……?」
 額に滲む汗を拭うことなく聞く黒田に浅倉はゆっくり
と首を振った。
「痛く、ない、けど……」
「……けど?」
「熱くて……おかしくなりそう……」
 その言葉に黒田はゆっくりと微笑んだ。
「オレも、熱い……」
「あ……倫……っ」
 深く繋がることで歪む顔には、もう苦痛は見えなかっ
た。後はただ快楽を追いかけるだけだ。
 甘い吐息と嬌声が絶え間なく続く中、浅倉はもっと
深く黒田を感じたくてその肩に腕を回した。求めてい
る気持ちは、きっと自分の方が強いのだ。無様でも
いい。滑稽でもいい。それでも狂いそうなほどに彼が
欲しい。
「……な、い……っ」
 吐息の合い間に零れた言葉に、黒田はわずかに動
きを緩めた。
「何?大ちゃん……」
「他に、なにも……いら、ないよ……」
 欲しいものはいっぱいある。モノも、人からの愛情も
賞賛も。でも、彼がいないのなら、全てが意味の無い
もの。そう、自分すら意味が無い。彼がいなくては、存
在している意味が無い。
「そんなこと言われたら、閉じ込めたくなるだろ」
 黒田は苦笑を浮かべて、浅倉の額にキスをした。
「閉じ込めて、犯して、そのまま殺したくなる……」
 その言葉に浅倉はぞくりと体を震わせた。恐怖では
ない。全身が快楽に震えたのだ。
「後、追ってくれる……?」
「1人で逝かせるわけないだろ……地獄でもなんでも
 いい。離さない。誰にも渡さない……」
「あぁ……っ」
 深く、抉るように突き上げられて惜しげもなく嬌声を
上げる。彼の情熱に、全てが溶かされてしまいそうだっ
た。……いや、本当に溶かされるのなら、いいのに。
「愛してる……大ちゃん……」
「足りない……もっと、言って……」
「愛してる。愛してるよ……」
 うわ言のように何度も繰り返される言葉。そのたび
に浅倉は答えを返すように強く彼を締め付ける。離れ
たくない。このままひとつでいたい。離れるのは……
怖い。
「怖いよ……」
 吐息の合い間に呟かれた言葉に、黒田は何も聞か
ず浅倉の手を取るとしっかりと指を絡めた。
「愛してるよ」
 絡める指に力をこめて。全ての想いをこめて。
「ボクも、愛してる……倫……」
「うん……分かってる……」
 最奥を突き上げられて、浅倉の体が跳ねる。繋がる
体と指先で、受ける快楽の大きさを伝える。
「も……だめ……」
 奥を抉る動きに浅倉が限界を訴える。
「一緒に……」
「うん……大ちゃん……」
 黒田は浅倉の太腿を抱え上げると、深い場所を集中
的に突き上げた。
「ホントに、だめ……」
「いいよ……」
 優しいキスを落として、黒田は先を促すように浅倉自
身をやんわりと包み込んだ。そして一際大きく突き上げ
た瞬間、浅倉は首を仰け反らせて黒田の手の中に自分
を放った。そしてそれを受け止めた直後、黒田は自身の
熱を放つために浅倉の中から出ようとした。
「だめ……っ」
 浅倉は黒田を引き止めるかのように体に力を入れ、そ
の刺激で黒田はその中に全てを放った。内部に熱いも
のを感じて、浅倉は小さく甘い声を漏らす。
「ごめん……っ」
 浅倉に額を合わせて黒田は荒い息をつきながら謝る。
「え、なんで……?」
「中、汚しちゃったから」
「……どうしてそんなふうに思うの?」
 浅倉は気怠げに手を上げると、黒田の前髪をそっと梳
いた。
「こういうの、嬉しいよ?」
「……え?」
「だって……ちゃんとボクの体に感じてくれてるってことで
 しょ?」
 その言葉に黒田は何度か瞬きをして、そしてその体を強
く抱き締めた。
「体だけじゃないよ」
「倫……?」
「大ちゃんの全部に、感じてる……」
 もしも体だけなら。この行為だけが目的なら、こんなにも
感じたりしない。狂いそうなほど欲しいなんて思わない。強
烈な快楽があるのは、愛し合う心に感じているから。
「じゃあ……」
 浅倉は指先を黒田の前髪から頬へ、そして唇へと滑らせ
た。
「もっと感じて……?ボクの全てに」
「……あんまり、誘うなよ?」
 どうなっても知らないよ?と笑う黒田に浅倉も微笑みを浮
かべる。
「さっき、ボクを殺したいって言ったよね?閉じ込めて、犯し
 て、殺したくなるって」
「うん?」
「それってボクがやるかもよ?」
 くす、と漏れる笑みに黒田は深いキスを返した。
「それ、いいかも」
 そんな囁きを残して。


 地に堕ちた天使は、もうどこにも戻れない。








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